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感情が理屈を乗り越えるのは難しい

カテゴリ: ビジネス・仕事 作成日:2016年12月06日(火)

 

「ある男性Aさんは、ラーメンを食べることが大好きである。ラーメンを食べることが好き過ぎて、年間に500食はラーメンを食べている。これは彼の生き甲斐であり、日々ラーメンについてのブログを書いており、ラーメンが縁の友人も多く、この趣味をやめることは考えられない。さて、男性Aさんは女性Bさんとお付き合いしている。ひょんなことで出会ったAさんとBさんは、気が合い、お互いに公私ともに尊敬しあう良い関係で、そろそろ結婚はどうかなと考えている。しかし、女性BさんにはひとつだけどうしてもAさんを受け入れられない面がある。それは、彼女は健康オタクであり、油ギトギトのラーメンを日々食べる生活などは彼女の基準からすると考えられないのだ。今はお互いに忙しく週に1、2回会う関係だから良いものの(その時だけはAさんはラーメンを食べない)、さすがに結婚してもAさんが毎日ラーメンを食べ歩き週末も一緒にラーメンを食べる生活は考えられない。また、Bさんは夫婦で食事と会話をすることを大事にしたいと考えているので、週末に夫婦が別々に食事をするとか、あるいは同じ食卓で別のものを食べるということは考えられない。そんなふたりだが、ふたりともこころ優しくスパッと言い切れないので、ラーメンをやめてほしいという強い会話があるわけでもなく、結婚しようという決断の会話があるわけでもなく、日々は過ぎている…。」

 

さて、このお話しはフィクションですが、皆さん読んでどう思われたでしょうか。ふたりは、幸せな結婚生活を送ることができるように思うでしょうか。結論を申し上げると、私はこのふたりは別れた方が良いと思います。理由は、「感情が理屈を乗り越えるのは難しい」からです。ふたりが幸せな結婚生活を送るには、最低限の「ライン」(たとえば、主要な人生設計であったり、理想とするライフスタイルであったり)が共有できていなければなりません。我が家ではよく、「クリームシチューをご飯にかけるか」をめぐって夫婦で論争が起きますが、そのようなどうでもよい些末なことはともかく、そもそもどのようにお互いの時間を使いたいか、といった生き方のラインが揃っていないと結婚生活がうまくいく見込みは極めて低くなります。

 

さて、今回の主眼は(特に私の専門でもない)結婚生活の指南をすることではありませんので、冒頭のフィクションに話を戻しますと、Aさんはラーメン党であり、Bさんは健康オタクであり、これらがふたりの「生き方」そのもので変えられないとすれば、人間の時間は24時間365日であり、1日に人間がとれる食べ物の量には限りがある以上、世の中のすべてのラーメンが(当社のオフィスの近くのお店で提供されている)ヘルシーなベジタブルラーメンに強制的に転換されない限り、ふたりが時間の使い方に合意できることはありません。これは、「理屈」で考えれば明らかなことです。それであれば、ふたりは一刻も早く別れ、Aさんはラーメン党を認めてくれるパートナーを、Bさんは健康オタクとして許容できる生活を送るパートナーを、それぞれ見つけるべきです。要するに、変えられない所与の条件があり、理屈で考えてある取引がうまくいかないとすれば、ふたりがどれだけその瞬間は気持ちでそれを乗り越えようと思っても、結局はうまくいかないよ、ということです。ただし、例えばAさんの場合、ラーメン党を認めるパートナー候補がいたとしても、その人とAさんが良い関係になれるかは感情面でまた別の話です。

 

…実際に友人から聞いた例を、強引にラーメン党と健康オタクの話に置き換えたら、ちょっと納得度が落ちてしまったような気がしますが、いかがでしょうか。もともと私が聞いたのは男女のキャリア指向の違いの話で、その際私は、「キャリア指向がまったく異なる2人は、結局うまくいかないので、早く別れた方が良い」という話を友人にしました(その友人本人の話ではありませんでした)。「感情が理屈を乗り越えるのは難しい」という命題は、いろいろなシーンに当てはまります。例えば、私がM&Aの現場で学んだことのひとつに、「理屈で考えて当事者にメリットがあるM&Aでも、感情面で合意できずにまとまらないM&Aはある」けれども、「理屈で考えて当事者にメリットがないM&Aは、どんなに声の大きな人が旗を振っても、最後にはうまくいかない(誰かが不幸になる)」というものがあります。あるいは、事業を作る場合においても、「理屈で考えてもうまくいくかわからないビジネスが関係者の熱意によりうまくいく」ことはあっても、「理屈で考えてどう考えても顧客にニーズのないビジネスが関係者の熱意によりうまくいく」ことはありません。もしくは、「現在の環境に基づき想定される5年後の自分が、自分の理想と大きくかけはなれている」場合に、「そうはいっても現在の環境はそれなりに心地よいし環境を変えるのも大変だし」とズルズルとしていても、奇跡が起きて5年後に理想の自分になっている可能性は極めて低いです。

 

理屈で考えてもわからないことも世の中には多くありますが、理屈で考えればわかることも世の中には相応にあります。私はせっかちということもあり、理屈で考えて、ある程度結論を(decisiveに)出すということは、貴重な時間を浪費せず人生を豊かにするために大事だと私は考えますが、皆さんはどのように思われますか。

 

信頼できる情報とは

カテゴリ: ビジネス・仕事 作成日:2016年11月16日(水)

大方の予測を裏切ってトランプ大統領が誕生し、連日新政権の情報が報道されています。しかし、特にこのような政治に関する情報を読む際には、その情報が「どれだけ信頼できるか」について十分な注意が必要です。

 

投資銀行(に限らず、情報を扱うプロフェッショナルなサービスではいずれでも同じと思いますが)では、「その情報が信頼に足るか」「信頼できると判断する(もしくは判断を留保する)のであれば、その根拠は何か」という点について、慎重な検討が求められます。また、IT企業で営業を担当していた際は、「情報を誰に確認したか」「情報の確度は高いか」が常に問われました。ビジネスで信用に足るコミュニケーションをとるには、いずれも重要なことです。このような経験と、私の個人的な考えから、信頼できる情報には大きく二種類があると考えています。

 

第一は、ファーストハンドの情報です。例えば、A氏の考えが知りたければ、最善の方法はA氏に直接確認することです。A氏への直接のコンタクトが難しければ、知りたい件に直接関わりA氏とやりとりする事情に明るい人物に確認することが次善の策になります。ファーストハンドの情報を得るためには、対象となる相手と信頼関係を築いている必要がありますし、また知りたい件についての文脈を理解している必要もあります。

 

第二は、因果関係への理解と過去のファクト・データや経験に基づく、優れた推論です。ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授の「イノベーション・オブ・ライフ」に、(本の趣旨のキャリア論や人生論とはまったく関係なく)以下の一節があります。

 

「理論とは『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明だ。(中略)半導体市場での競争とテロリズムの世界的な広がりは、表面的には似ても似つかない問題のように思われる。だが実は、置かれた文脈が違うだけで、基本的には同じ問題なのだ。優れた理論の助けがあれば、分類と説明が、そして最も重要なことに、予測が可能になる。」

この指摘には目を見開かされました。マーケットのコメントにせよ、政治の解釈にせよ、ビジネスの分析にせよ、優れた解釈とは、過去の事実と結果があり、その因果関係を理解しており、それを現在の事実に適用して優れた見方や見通しが示されることを意味しています。優れた解釈を示すには、あるエリアの出来事を時間をかけて経験・咀嚼し、因果について考え抜く積み重ねが必要です。それが、ある分野のプロと呼ばれる人たちです。ファクトと因果への向き合い方には人により異なるスタイルがありますが、一例として、投資、政治、ビジネスのいずれの分野においても、歴史の探求に向かう優れた人々がいるのは、歴史がファクトと因果への思索の宝庫だからでしょう。

 

私たちは、世の中のすべての事象について直接知ったり専門家になることはできません。したがって、この二つの点で、「信頼できる」と感じられる人を見つけ、その人たちが発信する情報を追うことによって、信頼できる情報を入手し、考えていくことができます。(ちなみに、因果ではなく相関でものごとを語ることもできます。しかし、相関は大いに参考になるものの、因果がわからなければ相関が崩れる場合を見抜けない点に注意が必要です)

 

上記を踏まえれば、例えば「トランプは不動産で成功してきたビジネスマンなのだから、大統領としても現実的な判断をするはずだ」という説明は、ただの憶測で、井戸端会議の域を出ないことがご理解いただけると思います。政権移行チームからの直接の情報でなければ、少なくともトランプの考えや性格を身近でよく見てきた人か、もしくは現在のトランプ、共和党、米国が置かれている政治的なポジションを社会的経済的な文脈から分析できる人が、傾聴に値する情報を発信できる人だと考えます。

 

そして、これらに該当する人は、世界的にほとんどいないようです。世界中の専門家が予想を外し、トランプが本当に何を考えているかはほとんどの人がわかっていないからです。トランプ後のマーケットのラリーも、このような「わからない」状況が前提にあることに留意が必要です。しかしこのように考えてみると、マーケットや企業は、数字で結果が出るため、まだ与しやすいですね。政治や社会はあいまいな人間の世界なので、信頼に足る情報の取得や現状の認識も容易ではないと感じてしまいます。